延岡藩主有馬氏の時代に織田信長の弟の孫と言われる杢之丞と半平の兄弟が客分として城内にいた。ある日殿様が杢之丞の履物を踏んだところくっついて離れなくなった。杢之丞が「許す」と言うと離れた。これを見ていた家老が「殿に向かって許すとは無礼な」と捕らえられ、杢之丞は平底に半平は深角の牢に入れられた。その後藩主からの「罪を許す、帰城せよ」の知らせを代官の西与兵衛が握りつぶし、ある夜殺害してしまう。その後深角地区は火事が多く発生したので、織田様の祟りとして恐れ供養を行うと火事は起こらなくなった。
その後、織田大明神として深角神社に合祀された。